山口直清
江戸時代中期の旗本3,000石。従五位下・丹波守。伊達村候の次男
山口 直清(やまぐち なおきよ)は、江戸時代中期の旗本。3,000石。官位は従五位下・丹波守。
時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 宝暦4年(1754年) |
死没 | 寛政5年(1793年) |
官位 | 従五位下丹波守 |
幕府 | 江戸幕府旗本 |
主君 | 徳川家斉 |
氏族 | 宇和島伊達氏→山口氏 |
父母 |
伊達村候、田中氏 山口直承 |
兄弟 |
藤、栄、伊達徳輝、直清、伊達徳元、 於貞、伊達村寿、少次郎、久、新、寛、 九十郎、藤三郎、初、富、錬、桜田壽忠、桜田壽恕 |
妻 | 山口直承娘・嘉智子 |
子 | 直勝 |
略歴
編集伊予国宇和島藩5代藩主・伊達村候の次男として誕生。山口直承の養子となる。
使番、日光奉行、大坂町奉行を歴任した。直清の子孫から宇和島藩主伊達宗城、伊予吉田藩主伊達宗孝・伊達宗敬、信濃国松代藩主真田幸民などが出ている。