国境離島警備隊(こっきょうりとうけいびたい)は、領海基線を有する離島に係る警備活動を実施するための沖縄県警察及び福岡県警察の部隊[1][注 1]日本国境警備隊の一種である。ただし、福岡県警は最大人員9名で、輸送支援のヘリコプターを所有するとしている[1][2]

沖縄県警察国境離島警備隊旗

来歴

1972年の沖縄返還以降、尖閣諸島を含む沖縄県は、「我が国固有の領土」として日本により統治されている[3]。これに対して、中華人民共和国中華民国は、それぞれ尖閣諸島の領有権を主張している[4][5]

特に中国は、2008年に自国公船を尖閣諸島の領海に侵入させたのを端緒として、公船による領海侵入・遊弋や漁船による体当たり、軍用機による領空侵犯や戦闘機による自衛隊機への異常接近など、敵対的・高圧的な不法行為を頻発させている[6]。領有権主張団体による不法上陸事件も発生しており、2012年8月には香港活動家尖閣諸島上陸事件、また2016年3月には中国の活動家の上陸事件が発生して、それぞれ沖縄県警察により検挙された[7]

これに対し、沖縄県警察では、平成27年(2015年)度から数十名規模の機動隊員を海上保安庁の巡視船に同乗させ、警戒に当たってきた[7]。その後、離島警備の専従部隊として設置されたのが本部隊である[7]

編成

国境離島警備隊は、沖縄県警の警備部に2020年(令和2年)4月、151人で発足した。隊長は、警視正[8][2]。国境離島警備隊の経費は、全額国庫負担となっている[1]。所掌事務は、以下のとおり[9]

  • 国境離島に係る警備実施及び警戒警備に従事すること。
  • 国境離島に係る警備訓練に関すること。
  • 警察用航空機の運航及び整備に関すること(生活安全部地域課の所掌に属するものを除く。)
  • 前3号に掲げるもののほか、国境離島警備に係る警備部内の他の所掌に属しないこと。

国境離島警備隊は、相手を制圧する専門訓練を受けた隊員、導入する大型ヘリコプターの操縦士などで構成され、沖縄本島に常駐する[2]。任務上、遮蔽のない自然環境での武装集団への対応が想定されることから、既存の特殊急襲部隊(SAT)とはまた異なる状況を想定しての訓練を重ね、高度な能力の獲得を目標としている[7]。国境離島警備においては従来の警察力では対応困難な武装を有する集団への対応も想定されるが[10]、SATの場合、搭乗するヘリコプターロケット弾の射撃を受けたのに対して制圧射撃を行う状況なども想定し[11]、自らを上回る装備を有するテロリストに対しても、奇襲性などを活用して重装備を使わせないようにしつつ制圧するといった訓練を、遅くとも1990年代から行っている[12]

万一、漁民に偽装した武装集団が離島に不法に上陸した場合、自動小銃ボディアーマーを装備した隊員がヘリコプターで現地に急行し、武装集団を摘発することを想定する[2]福岡県警にもEC225LP大型ヘリコプターが配備され、沖縄県警と共に隊員輸送などを担当する[2]。また警察庁の調達資料では、ウエットスーツなどのスクーバ器材警備用ボートの導入が盛り込まれており[13]、SATのOBである伊藤鋼一は、アメリカ海兵隊などで訓練を受けた可能性を指摘している[14][注 2]

なお中国は、中国海警局中国人民軍海上民兵による海上グレーゾーン作戦という形で、日本政府が自衛隊に防衛出動を命令できない程度の低烈度にとどめつつ権益主張を行使する可能性が指摘されており、その場合、まずは警察力で対応することとなる[16][17]。このようなグレーゾーン作戦に適切に対抗するには、警察力から自衛隊による対応へとシームレスに移行することが重要であり、従来より海上保安庁・海上自衛隊警察庁による訓練が重ねられてきたが[16]、2021年11月には、五島列島津多羅島において、これらに本部隊も加わっての共同訓練が行われた[18]。また2022年11月には、同地で更に陸上自衛隊水陸機動団も参加しての共同訓練が行われ、迷彩服を着用した隊員が海上保安庁のボートから上陸して、格闘などを行う様子が確認された[10]

脚注

注釈

  1. ^ 警察法施行令附則では、福岡県警察及び沖縄県警察に国境離島警備隊を設置するとし、福岡県警は9名、沖縄県警は150名定員を増加させる。
  2. ^ 伊藤は、ヘリボーンに留まらず、エアボーン能力をも獲得する必要性についても指摘している[15]

出典

  1. ^ a b c 警察法施行令附則第29項
  2. ^ a b c d e “沖縄県警に国境離島警備隊: 尖閣対応、4月発足”. 日本経済新聞. (2020年3月27日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57335340X20C20A3CR8000/ 2020年11月12日閲覧。 
  3. ^ 日中関係(尖閣諸島をめぐる情勢)”. 外務省. 2013年2月2日閲覧。
  4. ^ 中国軍部、尖閣「自国領」へ介入 92年領海法で明記実現(共同通信)”. Yahoo!ニュース. 2023年6月2日閲覧。[リンク切れ]
  5. ^ 40年間続く保釣運動 漁業権も主張」『U.S. FrontLine』2010年9月14日。オリジナルの2012年3月28日時点におけるアーカイブ。2010年10月9日閲覧。
  6. ^ 山崎 2014.
  7. ^ a b c d 警察に離島専従部隊 来年度予定、武装集団上陸に即応」『産経新聞』2019年9月6日。オリジナルの2023年3月23日時点におけるアーカイブ。2024年7月12日閲覧。
  8. ^ “沖縄県警で国境離島警備隊が発足”. 日刊警察. (2020年4月30日). https://nikkankeisatsu.co.jp/news/200430-1.html 2020年11月12日閲覧。 
  9. ^ 沖縄県警察の組織に関する規則(昭和47年沖縄県公安委員会規則第2号)第38条
  10. ^ a b 喜多 2022.
  11. ^ 伊藤 2004, pp. 184–192.
  12. ^ 衆議院予算委員会」『第140回国会』議事録、18巻、1997年2月25日(日本語)。「海外への派遣というお話を前提にいたしますと話は若干複雑でございますので、一般論として申し上げます。」
  13. ^ 警察庁. “令和5年度行政事業レビューシート”. 2024年7月12日閲覧。
  14. ^ 伊藤鋼一 (2020年4月2日). “ベルトラインを沖縄諸島まで含める中国と対峙する離島警備は喫緊の課題でしたから、漸く発足した”. 2024年7月23日閲覧。
  15. ^ 伊藤鋼一 (2019年8月30日). “国民保護法では警察は状況を把握して官邸に報告しなければならない”. 2024年7月23日閲覧。
  16. ^ a b Liff 2020.
  17. ^ 宮田 2021.
  18. ^ 共同訓練、沖縄・尖閣占拠を想定」『共同通信』共同通信社、2021年12月26日。

参考文献

  • 伊藤鋼一『警視庁・特殊部隊の真実』大日本絵画、2004年。ISBN 978-4499228657 
  • 喜多祐介「NHK長崎 五島列島で“尖閣諸島念頭”の特殊訓練~衝突は回避したい~現場の思い」『長崎WEB特集』、NHK長崎放送局、2022年11月18日。オリジナルの2023年7月8日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20230708175853/https://www.nhk.or.jp/nagasaki/lreport/article/000/75/ 
  • 宮田敦司「米軍は介入できない」中国は漁船に乗った"海上民兵"で尖閣諸島を奪うつもりだ」『PRESIDENT Online』、プレジデント社、2021年3月10日https://president.jp/articles/-/43904?page=42024年6月29日閲覧 
  • 山崎眞「島嶼防衛 その戦略と展望 (特集 島嶼防衛! 動き出す自衛隊)」『世界の艦船』第808号、海人社、70-75頁、2014年12月。 NAID 40020245063 
  • Liff, Adam P.「東シナ海における中国の海上グレーゾーン作戦と日本の対応」『中国の海洋強国戦略』杉本正彦(訳)、原書房、2020年(原著2019年)、222-247頁。ISBN 978-4562057450 

関連項目

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