米騒動

米に関係する騒動

米騒動(こめそうどう)は食糧騒擾(農牧産物の消費者の騒擾)の一種である。日本史で単に米騒動といった場合、狭義では1918年の米騒動を指す。

騒動の性質

編集

ヨーロッパでは食肉暴動などもあるが、一般に穀物パン・麦粉など穀物関係の騒擾が最も多い。必需品である上に保存が効くため、買い占めて値を吊り上げるのに格好だからである。したがって米食が基本の東アジアモンスーン地帯では米騒動が主で、日本はその典型である[1]

商人の存在は都市の発生と共に古く、農畜産物を商品化する階級を掣肘する政治勢力が無い場合、食糧価格が上がるため、食糧騒擾は古代から存在した。殊に地中海世界は夏季の雨量が少ないため穀作に適せず、葡萄酒や陶磁器などの商工生産物の貿易によって黒海方面などから穀物を輸入する都市文明として栄えたが、遠路の輸入経路に乱れが生じた際に、支配的な商工階級が穀価を吊り上げるのを抑える政治勢力がいなかった。ギリシャ(殊にアテネ)やローマはその典型であったが、中世末のイタリア北半や近世初頭のフランドルもそうであった。毛織物業で栄え商工業者が支配する都市国家で穀物を輸入に依存していたからである。これらの都市国家の例を別にすれば、食糧騒擾は一般に、王権の衰える封建制末期に始まり、市民革命の前後に多い。ブルジョワジーが支配的になっているが、まだ第一次産業が中心なので投機の主要な対象が穀物になるためである。

日本の米騒動も近世後期に本格化する。農民の年貢小作料の減免を要求する百姓一揆とは基本的に異なるが、耕地が少なくて飯米を買わねばならぬ貧農は米屋をも襲うので、米騒動の性格が混在する農民騒擾も珍しくはない。

近世の米騒動

編集

一般に食糧価格を下げることと賃金を上げることは、食糧騰貴に対し同じ効果を持つ方法なので、日本でも鉱山塩田仲仕中馬などの集団労働では賃上げ型の米騒動が(古い現物給与の習慣も相まって)見られる。加賀金沢金箔職人、信州飯田元結職人など同職者が集住するところでは、彼等の賃上げ争議が一般庶民の値下げ騒擾に合流して主導することも有った。欧州では花形産業の毛織物工場が中世末から都市内にあり、近世には炭坑も家庭燃料を供給するようになったので、労働者の賃上げ争議が食糧騒擾の一環であるという常識が早くから成立していた。しかし、日本近世は石高制だったので、藩米・扶持米の換金率が良くなるよう米価をつり上げる役を負わされた各藩の特権商人を標的とする街頭騒擾が、日本の米騒動のイメージになっていた[2]

近代の米騒動

編集

「上からの近代化」による社会の矛盾

編集

西欧では産業革命後に産業資本がヘゲモニーをにぎると、労働者に支払う賃金の基幹部である食糧価格を平準化する必要が発生し、農畜産物の輸入を廃止するなどで、農場主・穀物商人などの農業ブルジョワジーを抑えたため、食糧騒擾が消えていった。しかしその西欧の隆盛に対して対抗的に産業革命を移植したドイツ以東の中・東欧や南欧の国々は、市民革命抜きの「上からの近代化」を行ったため、産業資本が大規模土地所有層からの横滑りや癒着で農産物で儲けるのを止めようとしなかったため、食糧騒擾がなくならなかった。そして移植された産業革命で生まれた労働者がその食糧騒擾を主導するようになった。

当時の日本は欧米との格差が大きく、古代的天皇制まで持ち出さねばならなかった維新は、きわどい極東型の「上からの近代化」だった。そのため米騒動は無くならないばかりか、新旧2つの構造を持つに至った。特権商人が廃藩置県地租改正によって全国で一斉に消え、米の積出しが目立つ米移出地帯と歴史性の強い地域でだけ近世型の街頭騒擾が続き、他方で移植された産業革命・諸制度で生まれた工場・鉱山・都市では近代型米騒動(賃上げ騒擾・消費運動)が急速に増加していった[3]

明治・大正期の米騒動

編集

多くはインフレーションなど経済的要因によっているので、街頭型騒擾は短期であっても、近代型米騒動(賃上げ騒擾・消費者運動)は2、3年にまたがるのが普通であった。

昭和初期の米よこせ運動

編集

『図説 米騒動と民主主義の発展』(脚注1)の562頁に詳細な解説がある。

敗戦期の飢餓と食糧メーデー

編集

『図説 米騒動と民主主義の発展』(脚注1)の576~591頁に詳細な解説がある。

現代の米騒動

編集

高度経済成長期以降の米需要衰退

編集

高度経済成長後は農業技術の向上や品種改良が作付面積当たりの生産量が増えた一方で、日本人による米消費量は右肩下がりに毎年減っていった。他方で小麦等の他の主食は消費拡大していった。需要減による米余りのため、米の生産量を減らす減退政策が行われるようになった。

具体的には昭和37年(1962年)に日本で「1人当たりの年間米消費量」は過去最大になり、以降から右肩下がりが続いている。1970年から日本で生産量が消費量を上回り、お米が余るようになった。そこため、 米価を維持して、既存のコメ農家を守るするために国は米の生産量を調整し、2017年まで転作を推進してきた。昭和40年(1965年)頃と比較すると、2023年の「1人当たりの年間米消費量」は約半分の50.9kg(1人/年間)まで減少している[4]

1993年の米騒動

編集

1993年平成5年)に冷夏の影響で、日本国内のコメ生産量が減ったことで発生した米騒動。1993年産米の作況指数は平年収穫量の3/4しか無く、2024年まででも歴代最低であり深刻であった[5]。ただし、過去の米騒動とは異なり、日本は豊かな国家となり、主食は多様化しているため、他にも食べるもの自体は溢れているので騒ぎはなったものの、暴動に発展しなかった。

2024年の米騒動

編集

2024年には、 一時的な需給バランスの崩れから、前年度契約されている業務用以外のコメが品薄状態となった[6][4]大手外食チェーンや飲食店コンビニは米農家らと年間契約しているため、騒動時も米不足とは無関係であった[4]。「令和の米騒動」と呼ばれ、その後も米価は高止まりし、1等米の1俵(60キログラム)の値段は前年度の約1.5倍となったが、農家らはコメの値段の上昇率は米を作るための物価上昇率と比較すると値上がり幅は不十分であると指摘している。朝日新聞の取材に答えた農家も「値上がりではない。やっともうけが出るようになっただけだ」と話している[6]

端境期の買い占め報道・メディア報道による深刻化

編集

2024年の米不足の原因についてはいくつかの説がある。平年を100とした場合の収穫量を示す「作況指数」は、2023年の全国平均で平年並みの101である。例として、上記の「平成の米騒動」の「1993年産米の作況指数」は74という平年収穫量の3/4しか無かったのと比べても深刻ではない[5]。2023年の夏の暑さの影響で、ちょっと粒が小さいとか、精米で割れやすく製品化するのには玄米を少し多めに使わなければいけなかったことも2024年米騒動要因の一つとの意見もある[7]

2024年には前年の猛暑で供給量が減ったことに加え、訪日観光客による需要増で2024年6月末時点のコメの在庫は記録を始めた1999年以降最も少ないものとなった[8]。そこに、8月に南海トラフ地震に関連する情報がマスコミで大きく報道されたことで、買いだめを開始する者が発生し、スーパーなどでの品薄に拍車をかけた[8]。「スーパーの棚からお米が無くなった映像」がメディア報道がさらに米不足の状況を一層深刻にした。端境期という新米が出る9月の直前に、多くのメディアが連日「米不足」報道で消費者の不安が高まったことで、必要以上にお米を買い求める消費者が発生した[4]ふるさと納税に寄付して白米を得ようとする者もいた[9]ほか、ホットケーキミックスなどの家庭用プレミックスが主食として利用されるようになったと見る向きもあった[10]。このコメ不足は、「令和の米騒動」と呼ばれた。米価は今まで赤字販売していた生産者らの生産コストが反映されたこともあり、9月の新米価格も前年よりも高くなった[9][11]

備蓄米とコメ生産者の関係

編集

同年8月26日、大阪府知事・吉村洋文は政府に対して備蓄米を放出するよう求めた。農林水産省は新米がでる時期に備蓄米放出すると米価暴落し、農家に深刻な被害が出ることから対して慎重な姿勢を示した。コメ農家ら生産者側も新米販売前や期間に放出されると大打撃を受けるため、農林水産省側の姿勢を支持し、今までが安すぎたと明かしている[7][12]。翌2025年1月末に江藤農相は「せっかく米価が上がって生産コストをまかない将来に明るい兆しが出てきたのに国が在庫を出すのかと(生産者に)反発はあるかも知れない」としつつ、備蓄米放出を予定しているとした。米価で米離れが起きる可能性への懸念か安定供給も農水省の責務だと強調したものの、備蓄米放出の生産者への影響懸念から「私自身迷いがある」と話している[13]



世界の米関連問題

編集

米が主食国家の場合、米の価格高騰、国内流通量の減少は治安悪化や国家の運営を揺るがす事態に直結する問題となる。そのため、国家元首は米の価格、流通に対し、神経質になるという[14]

2008年に消費者側の状況を見ると、特に貧困層はエンゲル係数が高く、食料費の高騰の影響を受けやすい[15]

国際取引について

編集

米は小麦トウモロコシに並んで三大穀物とも呼ばれ、大量に生産されているが、生産量に比べ、国際間の取引流通量は少ない。これは主に生産国内でまず主食として消費されるため、国外に出回りづらいためである[14]。そのため、主要輸出国で少し生産量が減少した場合、主要国国内での流通量はそれほど変動しないとしても、輸出量は大幅に変動することになる。また輸出上位国の輸出量が市場流通量に占める割合が高いため、一国に何かあった場合は波及が大きい[14]。しかも、日本人中国人朝鮮人が主食とする短粒種のジャポニカ米は、それらの国で国内消費される比率が高く、国外に出回りづらい傾向が更に拍車をかけている。米の国際取引においては、輸出トン数の上位3ヶ国インドベトナムタイ王国(順に26%、19%、18%)などで主食となっている長粒種のインディカ米が8割近くを占めている[16]

増産の難しさについて

編集

米の需給が逼迫する中で、米の増産はすぐに出来ない。以下、要因を挙げる。

2000年代後期の価格上昇

編集

2007年3月から2008年3月にかけて、国際的な米の価格の上昇によって、米騒動といえる状況が発生した。この期間、米価指標は50%以上上昇した[18]。米価上昇の背景には、原油価格上昇に伴った費用増加(肥料、輸送費、穀物乾燥に使用する燃料など)、主要な米生産国での天災による不作[19]、米価格上昇に伴い利潤優先で米が国外流出して国内流通が不足することを恐れたインドなどが、米の輸出制限[19]を行ったことによって国際流通量が減少したことなどが挙げられる[18]。また、価格上昇は今後も続くと見た投機資金の流入も起きた。[18]

米の価格高騰の影響を一番受けるのは、低所得層である[17]。各国では「米を買うために長い行列ができる」(フィリピン[18]、「今まで無かった米泥棒が多発」(タイ王国[19]、「米の代わりにイモを食べるよう、軍が指導」(バングラデシュ[19]といった状況にあった。

比喩

編集

脚注

編集

注釈

編集

出典

編集
  1. ^ 井本三夫監修・歴史教育者協議会編『図説 米騒動と民主主義の発展』民衆社、2004年12月1日、20頁頁。 
  2. ^ 井本三夫『米騒動という大正デモクラシーの市民戦期 ーー始まりは富山県でなかった』現代思潮新社(2018年12月)、20頁
  3. ^ 井本三夫編『米騒動・大戦後デモクラシー百周年論集 Ⅰ』集広社、2019年3月5日、19~30頁頁。 
  4. ^ a b c d 「令和の米騒動」~米不足の理由と背景~ – 五ツ星お米マイスターの活動日誌”. 2025年1月25日閲覧。
  5. ^ a b 西村利也 (2024年8月26日). “「コメ不足」あおりすぎで品薄に拍車か 外食では深刻度低く、農水省「9月に解消見通し」”. 産経新聞:産経ニュース. 2024年9月6日閲覧。
  6. ^ a b 令和の米騒動、価格高騰の裏で 「時給10円」生産現場からの悲鳴:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2024年12月23日). 2025年1月25日閲覧。
  7. ^ a b “令和のコメ騒動”はいつまで 凶作でもないのに品薄なのは"猛暑”の影響が 実現しない備蓄米の放出【Bizスクエア】 | TBS NEWS DIG (1ページ)”. TBS NEWS DIG (2024年9月4日). 2024年9月6日閲覧。
  8. ^ a b 農林水産省 “早いところでは新米も” 冷静な対応を呼びかけ | NHK”. NHKニュース. 日本放送協会 (2024年8月23日). 2024年9月6日閲覧。
  9. ^ a b 『ふるさと納税』でも「コメ」が人気!新潟市では“寄付”が去年のなんと60倍に!!【令和の米騒動】 | TBS NEWS DIG (1ページ)”. TBS NEWS DIG (2024年9月5日). 2024年9月6日閲覧。
  10. ^ 編集局, 食品新聞社 (2024年10月25日). “家庭用プレミックス 「米騒動」で利用広がる 回復の遅れ、巻き返しへ”. 2024年10月25日閲覧。
  11. ^ コメ販売に長い列 “令和の米騒動”いつまで? 弁当店悲鳴 新米価格も上昇見込み 31年前はどうだった?”. HTB北海道ニュース (2024年9月5日). 2024年9月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月7日閲覧。
  12. ^ 西村利也 (2024年8月27日). “「備蓄米放出は慎重にすべき」と坂本農水相 大阪府・吉村知事の要望に「民間流通が基本」”. 産経新聞:産経ニュース. 2024年9月7日閲覧。
  13. ^ 政府備蓄米放出へ 買い戻し条件付で全農など集荷団体へ販売 農水省”. 農政. 2025年1月25日閲覧。
  14. ^ a b c 『食料争奪』 柴田明夫 日本経済新聞出版社 2007年
  15. ^ 『アジアで食料価格高騰、貧困層に大打撃』 2008年2月12日付配信 AFP
  16. ^ (参考1)世界の米需給の現状(主要生産国、輸出国等)|農林水産省
  17. ^ a b c d 「世界的なコメ危機の実態 背後に潜む問題点とは何か」『日経ビジネスオンライン』日経BP社、2008年5月14日付配信
  18. ^ a b c d 『「コメ騒動」拡大中 1年で70%の価格高騰』 2008年4月11日付配信 フジサンケイビジネスアイ
  19. ^ a b c d 『コメ価格高騰、タイの平和な農村でコメ泥棒多発』 2008年4月10日付配信 AFP
  20. ^ ゲーム『天穂のサクナヒメ』売り切れ続出、“令和の米騒動”と話題 全農、業界紙も注目”. ORICON NEWS (2020年11月14日). 2024年1月5日閲覧。
  21. ^ 静岡県の“コメ騒動” 川勝平太知事 王国の自壊」『NHK政治マガジン』日本放送協会、2021年12月8日。2024年1月5日閲覧。
  22. ^ 中日ドラゴンズ「令和の米騒動」はなぜ大きな話題になったのか?「スパイ映画のような描写」の新聞報道から感じた“立浪和義監督の苦悩”」『Number Web - ナンバー』2023年10月2日。

参考文献

編集

関連項目

編集

外部リンク

編集
pFad - Phonifier reborn

Pfad - The Proxy pFad of © 2024 Garber Painting. All rights reserved.

Note: This service is not intended for secure transactions such as banking, social media, email, or purchasing. Use at your own risk. We assume no liability whatsoever for broken pages.


Alternative Proxies:

Alternative Proxy

pFad Proxy

pFad v3 Proxy

pFad v4 Proxy