コンテンツにスキップ

白馬非馬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

白馬非馬(はくばひば)は、古代中国の学説。「白馬非馬説」「白馬非馬論[1]」「白馬にあらず[2]」「白い馬は馬ではない[2]」とも呼ばれる。論理学または詭弁の説。兒説公孫竜らによって唱えられた。解釈は諸説ある。

首唱者

[編集]

兒説

[編集]

韓非子』外儲説左上篇によれば、兒説が白馬に乗って関所を通る時、馬には通行税がかけられていたため、役人は税を取ろうとした。しかし、兒説は白馬非馬説を唱えて税を免除されようとしたが、結局役人の方が引かず、税を取られてしまった。

公孫竜

[編集]

公孫竜名家に属し、兒説より時代はやや遅れる。『公孫竜子』や『列子』仲尼篇には説の詳細が書かれている。

公孫竜は平原君食客として活躍した。しかし陰陽家鄒衍が「そんな説など在っても役に立たない」と否定し、平原君も次第に公孫竜を遠ざけてしまった。その後の行方は知れない[3]

論理学者による解釈

[編集]

20世紀中期の論理学者前原昭二は、〈白馬〉という概念を F、〈馬〉という概念を G で表すと、〈白馬は馬にあらず〉という言葉は以下の (1)~(4) の 4 通りに解釈できると説明した[4]

〈白馬は馬にあらず〉の解釈
# 論理式 日本語による解釈 説明
(1) x(F(x) → ¬G(x)) Fは必ずGではない Fは必ず「Gではない」
(2) ¬∀x(F(x) → G(x)) Fは必ずしもGではない Fは必ずG」ではない
(3) x(F(x) ⇄ ¬G(x)) FとはGでないということである Fとは「Gでない」ということである
(4) ¬∀x(F(x) ⇄ G(x)) FGとは異なる概念である FGとは同一概念ではない

そして、〈白馬は馬にあらず〉という言葉の解釈を上記の (1)~(4) の 4 通りに限った場合には、正しい命題として理解するには (4) による解釈しかないと解説した[4]

古典学者による解釈

[編集]

中国古典の専門家の間では、白馬非馬説の解釈について、定説が無い[5]。したがって未解決問題である[6]。日本の学界では、基本的に以下の3パターンの解釈がある[7]

  1. 「白馬」は下位概念個物)、「馬」は上位概念普遍)である。
    下位概念と上位概念は異なる。それゆえ白馬は馬ではない。(桑木厳翼らの解釈)[7]
  2. 「白馬」は複合概念、「馬」は単一概念である。
    複合概念と単一概念は異なる。それゆえ白馬は馬ではない。(浅野裕一らの解釈)[7]
  3. 「白(馬)」はの概念、「馬」はの概念である。
    色の概念と形の概念は異なる。それゆえ白馬は馬ではない。(加地伸行らの解釈)[7]

村山吉廣は、本来は「白馬不同馬」と言うべきだが、遊説の士が人を翻弄したり注目を集めたりするため「白馬非馬」と言ったのだ、と解釈している[8]

受容

[編集]

世説新語』文学篇によれば、晋代謝安は「白馬論」の真意を知りたくて阮裕中国語版に質問してみたが、納得できる答えを得られなかった。

脚注

[編集]
  1. ^ 世界大百科事典『白馬非馬論』 - コトバンク
  2. ^ a b デジタル大辞泉『白馬は馬に非ず』 - コトバンク
  3. ^ 浅野 2004, p. 200.
  4. ^ a b 前原 1967, pp. 18–19.
  5. ^ チャン 2010, p. 132.
  6. ^ Hansen, Chad (2007), “Prolegomena to Future Solutions to "White‐Horse Not Horse"”, Journal of Chinese Philosophy (Wiley) (34-4): 473-491, doi:10.1111/j.1540-6253.2007.00435.x, https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1540-6253.2007.00435.x 
  7. ^ a b c d 鄭 2010, p. 183f.
  8. ^ 村山吉廣中国の思想』社会思想社〈現代教養文庫〉、1972年。NDLJP:12284415/45。86頁。(復刊: 筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2024年)

参考文献

[編集]
  • 浅野裕一『諸子百家』講談社〈講談社学術文庫〉、2004年(原著2000年講談社)。ISBN 978-4061596849 
  • 鄭宰相「日本中国古代論理思想研究評述」(中国語)『荀子思想の研究』 京都大学、2010年、175-187頁。 NAID 500000526813https://hdl.handle.net/2433/120775 
  • アンヌ・チャン 著、志野好伸;中島隆博;廣瀬玲子 訳『中国思想史』知泉書館、2010年。ISBN 978-4862850850 
  • 陳舜臣『中国の歴史 2 大統一時代 漢王朝の光と影』平凡社、1986年4月。ISBN 978-4-582-48722-0 
  • 前原昭二『記号論理入門』日本評論社〈日評数学選書〉、1967年10月。ISBN 978-4-535-60104-8 
    • 前原昭二『記号論理入門』(新装版)日本評論社〈日評数学選書〉、2005年12月。ISBN 978-4-535-60144-4 

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]
pFad - Phonifier reborn

Pfad - The Proxy pFad of © 2024 Garber Painting. All rights reserved.

Note: This service is not intended for secure transactions such as banking, social media, email, or purchasing. Use at your own risk. We assume no liability whatsoever for broken pages.


Alternative Proxies:

Alternative Proxy

pFad Proxy

pFad v3 Proxy

pFad v4 Proxy