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鶡冠子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
鶡冠子
北宋陸佃による注釈書の序文
繁体字 鶡冠子
簡体字 鹖冠子
文字通りの意味The Pheasant Cap Master
発音記号
標準中国語
漢語拼音Héguānzǐ

鶡冠子(かつかんし、かっかんし)は、古代中国戦国時代における諸子百家の一人。またはその人物に仮託される書物の題名[1][2]。実際の作者や成立年代は不明。

伝統的には道家に分類されるが、その内容は、道家・法家兵家が混ざりあった雑家的な内容であり、黄老思想などの雑多な思想を、対句などの修辞技法を駆使して説く。

近現代の中国学においては、長らくマイナーな諸子だったが[1]1970年代馬王堆帛書黄帝四経』の発見により黄老思想が注目されてからは、徐々に研究されるようになった。

人物

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ミミキジ

鶡冠子の人物像については、隠者であること、龐煖の師であること、および服装程度しか伝わっていない[1]。具体的には、『太平御覧』や『元和姓纂』が引く所の『七略』『列仙伝』『風俗通』、嵆康『高士伝』などにその人物像が伝えられる[1]

鶡冠子という名前は、「鶡」というキジの一種ヤマドリ[2]、またはミミキジ[3]同定される)ので作られたを被ったことにちなむ。

古代中国の習俗では、鶡は勇猛な鳥とみなされたため、鶡冠は勇猛な武官が被るものとされた[1][4]漢代以降の画像磚にも鶡冠を被った武官が描かれている[5]。『後漢書』輿服志によれば、この習俗は武霊王に由来する[6][7]。武霊王は『鶡冠子』にも登場する。しかし、その鶡冠をなぜ隠者の鶡冠子が被っていたかは定かでない[8]

書物

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漢書芸文志は、道家の書として『鶡冠子』1篇を載せている。一方で、『隋書経籍志は3巻としている。後述の韓愈は3巻16篇としている。現行本(後述の陸佃の注釈書)は、3巻19篇からなる[9]

扱われる思想は、黄老思想軍事学、賞罰術、人材登用術、聖人、法、命、勢、一、陰陽宇宙生成論の法則性、天地人三才類比、といった雑多な思想が扱われる[10]

登場人物は、鶡冠子・龐煖武霊王悼襄王のほか、扁鵲など先秦の著名人が登場する[11]

他の諸子や『戦国策』、馬王堆帛書黄帝四経』、賈誼『鵩鳥賦』と類似する部分がある[12]

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大形 1983 に各篇の要約がある。

  • 1. 博選
  • 2. 著希
  • 3. 夜行
  • 4. 天則
  • 5. 環流
  • 6. 道端
  • 7. 近畿
  • 8. 度萬
  • 9. 王鈇
  • 10. 泰鴻
  • 11. 泰録
  • 12. 世兵
  • 13. 備知
  • 14. 兵政
  • 15. 学問
  • 16. 世賢
  • 17. 天権
  • 18. 能天
  • 19. 武霊王

受容史

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南朝劉勰韓愈は、『鶡冠子』の修辞的な文章を賞揚した[2][13][14]。一方で、唐の柳宗元は『鶡冠子』を低評価した上で、前漢賈誼『鵩鳥賦』を踏まえて作られた偽書であるとした[15][16]姚際恒や『四庫提要』も偽書としている[17][18]

唐の杜甫は、晩年の詩『耳聾』で、孤独な隠遁生活を送る自身を、隠者としての鶡冠子になぞらえた[19]

北宋陸佃注釈が現存する[2]

日本では、平田篤胤が『赤県太古伝』で、おそらく『漢魏叢書』経由で頻繁に引用している[18]。また、刈谷藩藩校文礼館」の名前の由来になっている。

研究史

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欧米の中国学においては、1970年代以降、A.C.グレアムD.R.コネクタス英語版[20]らによって研究されてきた。とりわけ、カリーン・デフォールトwikidata[21]によって主題的に研究されている。デフォールトは、『鶡冠子』の文献学的な研究と合わせて、西洋の伝統的な修辞学(説得術)と比較したり、西洋思想史学者のクェンティン・スキナーによる修辞学研究とその方法論を取り入れたりしている[22][23]

そのほか、先駆的な研究例として、1950年代ジョセフ・ニーダムが、自然法自然法則の類比という観点から「法」字を論じた際に、『鶡冠子』に着目している[24]

脚注

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  1. ^ a b c d e 大形 1983, p. 11.
  2. ^ a b c d 日本大百科全書伊東倫厚鶡冠子』 - コトバンク
  3. ^ Kroll 2017, p. 158.
  4. ^ Knechtges 1993, p. 137.
  5. ^ 石渡美江「鳥頭冠と鳥翼冠」『ヘレニズム~イスラーム考古学研究』第2019号、金沢大学国際文化資源学研究センター、2019年、37-51(p.44)、doi:10.24517/00057238NAID 120006801168 
  6. ^ Defoort 1997, p. 16.
  7. ^ ウィキソースのロゴ 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:後漢書/卷120
  8. ^ 大形 1983, p. 13.
  9. ^ 大形 1983, p. 15.
  10. ^ 大形 1983, p. 19f.
  11. ^ 大形 1983, p. 21.
  12. ^ 大形 1983, p. 22.
  13. ^ ウィキソースのロゴ 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:文心雕龍/諸子
  14. ^ ウィキソースのロゴ 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:讀鶡冠子
  15. ^ ウィキソースのロゴ 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:辯鶡冠子
  16. ^ Defoort 2015, p. 282.
  17. ^ 大形 1983, p. 14.
  18. ^ a b 坂出祥伸『江戸期の道教崇拜者たち 谷口一雲・大江文坡・大神貫道・中山城山・平田篤胤』汲古書院、2015年。ISBN 9784762950728 341f頁。
  19. ^ Defoort 2015, p. 281.
  20. ^ カタカナ表記は以下による: 斎藤希史、谷口洋、原田直枝「書評 D・R・コネクタス譯「文選」第一卷・第二卷」『中国文学報』第44号、中國文學會、1992年4月、doi:10.14989/177518ISSN 05780934NAID 120005357069 
  21. ^ カタカナ表記は以下による: 佐藤将之「二十一世紀における『荀子』思想研究の意義と展望」『中国研究集刊』第61巻、大阪大学中国学会、39頁、2015年。 NAID 120005895675https://doi.org/10.18910/58731 
  22. ^ Defoort 1997.
  23. ^ 曹峰『中国古代"名"的政治思想研究』上海古籍出版社、2017年、19頁。ISBN 978-7532584840 
  24. ^ Defoort 2015, p. 285; Peerenboom 1990; Needham 1956, p. 547.

参考文献

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日本語

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日本語以外

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  • Defoort, Carine (1997), The Pheasant Cap Master (He guan zi): a rhetorical reading, SUNY. ISBN 978-0791430743
  • Defoort, Carine (2015), "Pheasant Cap Master," in Xiaogan Liu, ed. Dao Companion to Daoist Philosophy, Springer, 281-306.
  • Graham, A. C. (1989), "A Neglected Pre-Han Philosophical Text: 'Ho-kuan-tzu'", Bulletin of the School of Oriental and African Studies 52.3: 497-532.
  • Knechtges, David R. (1993), "He kuan tzu 鶡冠子," in Early Chinese Texts. A Bibliographical Guide, Michael Loewe, ed., Society for the Study of Early China, 137-140.
  • Kroll, Paul K. (2017), A Student's Dictionary of Classical and Medieval Chinese, rev. ed., Brill.
  • Needham, Joseph (1956), Science and Civilisation in China Volume 2. History of Scientific Thought, Cambridge University Press, ISBN 978-0521058001 
  • Peerenboom, Randall P. (1990), "Natural Law in the Huang-Lao Boshu", Philosophy East and West 40.3:309-329.
  • Peerenboom, Randall P. (1991), "Heguanzi and Huang-Lao Thought, Early China 16: 169-186.
  • Peerenboom, Randall P. (1993), Law and Morality in Ancient China: The Silk Manuscripts of Huang-Lao, SUNY Press.
  • Rand, Christopher C. (1980), "Chinese Military Thought and Philosophical Taoism," Monumenta Serica 34: 171-218.
  • Schmidt, Hans-Hermann (2005), "Heguan zi 鶡冠子", in Kristofer Schipper and Franciscus Verellen, eds. The Taoist Canon: A Historical Companion to the Daozang, vol. 2, University of Chicago Press, 689.
  • Watson, Burton tr. (2000), "Jia Yi (200-168 B.C.) The Owl," in Classical Chinese Literature: An Anthology of Translations, John Minford and Joseph S. M. Lau, eds., Columbia University Press, 278-281.
  • Wells, Marnix (2013), The Pheasant Cap Master and the end of history: linking religion to philosophy in early China, Three Pines Press.

外部リンク

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